LM314V21

アニメや特撮やゲームやフィギュアの他、いしじまえいわの日記など関する気ままなブログです。

藤原正彦『国家の品格』、株式会社新潮社、2005

国家の品格 (新潮新書)

国家の品格 (新潮新書)

 結構どこの本屋さんでも売り上げ上位にランクインしているベストセラーです。講義で議論に使っているので、暇を見て一気読みしました。
 自分は日本の一般の人からするとやや右よりな考え方をしていると自己分析しているので、読む前は自分には読みやすい本かなあと思っていました。読み終えた今だと…まあ…怒りも収まりましたが、講義中にパラパラめくった時は「何この悪書」と憤りましたよ。
 この本は数学者である著者がどこかの講演で話したものを文字に起こしたものなのですが、まずこの冗談交じりの口調からしていかがわしい。いかがわしいだけならいいんだけど、正確でないことまで書いてある。例えばプロテスタンティズムを批判して

「どんなに極悪非道の者でも、救済されることになっている者は救済される、というのは私たちの理解を絶します。仏教の方では基本的に、善をなした人とか、念仏を一生懸命に唱えた人だけが救済されるという、理解しやすい因果律だからです。」(p.70)

 と述べているのですが、だったら親鸞聖人が唱えたと知られる悪人正機はどうなるんだ? とか思います。他にも自説の補強に都合がいいところ/悪いところを集めて都合よく論じすぎだと思いました。
 また、自分が批判する対象に関しては歴史的事実から批判しているのに対し、自説に関しては批判がなかったり「昔会った高名な学者が私にこう言った」程度のことを持ち出してきたりするのにも閉口しました。
 さらに文中で「論理的に証明するまでもなく、悪いものは悪いと言い切ることが大事」と言っているので、この人が言っていることを論証すること自体できません(してもいいけど水掛け論になってしまう)。情緒に訴えて通じる場合はいいとして、それで通じない相手とはどう対話する気なんでしょう?


 ただ、この人の言いたいことはよく分かります。日本人は戦後あたり(もしかしたら明治維新からかも)からこっち、自国の文化や風土を意識的にないがしろにしてきました。現在の社会不安や問題の原因をそこに求めるのは、あながち間違った見方ではないと思います。自国を愛し、他国を愛する気持ちがないと、そもそも自国や他国を知ることすらままならないというのは個人的な見解ですが、この著者もそういう気持ちなのだと思いました。で、そのことを伝えるためにやや言いすぎくらいの強い論調で示したのがこの本なのだと思います。ですからそれこそ情緒的には私も共感します。
 ですが戦術的に強められた論調は誤解が付きまといます。みんな「ああ、大切なことを世間の人に聞いてもらうためにあえてああいう強烈なことを言っているのね」と読み取ってくれるほど賢くはないからです。この本が売れに売れている以上、真に受けて誤解する人はかなり大勢いると思います。


 偏屈な愛国心もどきが横行している現在こそ、ちゃんと冷静に正確に伝えようという誠意を見せるべきではないでしょうか。そんなことを考えさせられた反面教師っぽい一冊でした。