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アニメや特撮やゲームやフィギュアの他、いしじまえいわの日記など関する気ままなブログです。

例のリア充オタクやら年間消費額2万5千円やらの話が、博報堂社員の本の宣伝だった話。

 http://news.aol.jp/2015/10/08/zip/

『ZIP!』で紹介された「リア充オタク」特集がネット上で物議 「これオタク?」「リア充オタク=矢口真里


10月9日に放送された日本テレビ系列の朝の情報番組『ZIP!』にて、ある特集が紹介されネット上でザワつきを見せている。
それは「オタク」ではなく、「リア充オタク」という特集だ。いわゆる、従来の「オタク」ではなく、「リア充だけどオタク」というジャンルの人たちを指すようで、最近では、この「リア充オタク」が増加しているという。


 ちょっと前にオタクを取り上げた情報番組でオタクの消費行動に関する特集があり、「リア充オタクって何だ? 矛盾してね?」「年間消費額2万5千円ってあり得なくない?」みたいな感じで少し話題になったのが、上記の件です。
 私は、その時は「ふーん、まあいろんな人やものの見方があるからね」くらいに思ってスルーしていたのですが、先日とある本を読み、思うところがあったので今日はその話です。


 結論はぶっちゃけタイトルの通りです。以下、長い上に数字とか引用とかたくさん出てくるので、興味のある方だけ読んでください。


 
 私が読んだとある本というのが下記のもので、ZIP! の特集での数字の論拠になったのがこの本のようです。


新・オタク経済 3兆円市場の地殻大変動 (朝日新書)

新・オタク経済 3兆円市場の地殻大変動 (朝日新書)

※いしじまえいわは別にこの本をオススメしていませんので、別にリンク先で買う必要はありません。


 というか、有体に言いまして、例の特集でコメンテーターをしていたのがこの本の著者である博報堂の原田曜平氏です。「マイルドヤンキー」や「さとり世代」などの言葉を流行らせた、博報堂の広告マンですね。ZIP! の金曜レギュラーでもあります。
 私は番組を直接見たわけではないのですが、下記まとめの番組キャプチャ画像を見る限り、スタジオ場面の画面端でパネルを指しながら話している男性が、原田氏その人です。


 (参考)ZIP リア充オタク特集。年間2万5千円しか使わないオタクに視聴者騒然
 http://matome.naver.jp/odai/2144434536896258001?&page=1


 本が出たのが2015年9月11日、ZIP! で上記の特集が放送されたのが翌月にあたる10月9日なので、そもそもZIP! の特集自体がこの本の宣伝だったわけですね。実際、上記Amazonの商品内容紹介にも、以下の通り記載されています。

リア充オタクってどんな人のこと??
話題沸騰のキーワード「リア充オタク」はこの本から!
日本テレビZIP! 」で大反響! ! !


 というわけで「宣伝乙」「乗せられた俺らザマア」で済む話ではあるのですが、オタク当事者としては特集や本の中身も気になるところです。
 いしじまえいわは上記の本を番組放送前に買って積んでいて、放送後になんとなく読んだのですが、中身に関してはまあいろいろ言いたいことのある本でした。
 ただ、今回は番組で取り上げられた「リア充オタクとされる層の年間オタク関連消費額2万5千円というのは本当か?」というところに焦点を当てて、以下論じたいと思います*1


 2万5千円の論拠になっているのが矢野経済研究所の調査ということなので2013年前後で調べてみたところ、どうやら以下のデータのようです。


 (参考)株式会社矢野経済研究所「オタク」市場に関する調査結果 2014
 https://www.yano.co.jp/press/press.php/001334


 アップロードされているpdfを見ると、『「自分を『オタク』だと思いますか、もしくは人から『オタク』と言われたことはありますか」と聞いたところ、「オタク」を自認する、もしくは第三者から「オタク」と認知されている層』を対象にした調査結果「表 3. 「オタク」一人あたりの年間平均消費金額 」の表にて、アニメ:25,096円とあります。どうやらこの数字が原田氏の言うリア充オタクアニメ版の年間消費額の論拠のようです。
 ただ、この表はよく見ると以下のように注意書きがされています。

注 3.(中略)複数分野回答、各分野における一人あたりの年間平均消費金額を算出し、高い順に示している。


 つまり、この数字は「アニメオタクの年間消費額」ではなく「オタクが使うお金のうち、アニメに費やす年間消費額」なのです。
 じゃあ他にどんな項目があるのかというと、消費額の多い順で上から「アイドル」「鉄道模型」「アダルトゲーム」「ドール」「フィギュア」「トイガン」「プロレス」「同人誌」「オンラインゲーム」(ここで「アニメ」)「コスプレ衣装」「プラモデル」「マンガ」「AV(アダルトビデオ・DVD)」「恋愛ゲーム(アダルトゲーム除く)」「ボーイズラブ」「ライトノベル」「メイド・コスプレ関連サービス」「ボーカロイド」とあります。
 一般ゲームや玩具、特撮がないのはどういうことなんだと思わなくもないですが、例えばアニメ好きでラノベも買ってマンガも買ってフィギュアも買って同人誌も買ってだと、各項目アニメ25,096円、ラノベ7,657円、マンガ15,694円、フィギュア31,548円、同人誌27,473円となり、合計で10万7468円になります。オタクの実感としてはこのように各項目にまたがるケースが多いと思うのですが(そうでないと、同人誌ってなんの同人誌だ? という話になる)、それだと10年前の野村総研の数字と同じになりますね。消費額変わってねえじゃん、という話になります。


 さらに気になったので、比較対象である野村総研の数字についても調べてみました。こちらはおそらく以下のデータを参照したものと思われます。


 (参考)株式会社野村総合研究所「マニア消費者層はアニメ・コミックなど主要5分野で2,900億円市場〜「オタク層」の市場規模推計と実態に関する調査〜 」
 https://www.nri.com/jp/news/2004/040824.html


 この調査では、アニメのマニア消費者層は20万人おり、推計市場規模が200億円とあるので、市場規模÷人口で10万円の数字が出ます。おそらくこれが原田氏の出した「2004年のオタク(アニメ層)およそ10万円」の論拠です。
 ただ、この調査は経過報告で、最終報告は以下のように書籍化しています。


オタク市場の研究

オタク市場の研究


 たまたまこの本も持っていたので読んでみますと、この本によるとアニメオタクは11万人、市場規模は200億円となっています。1人当たり約18万円ですね。原田氏はなぜ最終報告の数字ではなく、経過報告の数字を用いたのでしょうか。まさかネットで調べただけだった、とか?
 さらに、この調査ではオタクというものに定義づけをしていて、ここで言うオタクとは『「消費性オタク」であり、かつ「心理性オタク」である層、すなわち中毒的で極端な消費行動を示し、かつ心理的にもオタク的な特徴を有する生活者を「オタク」と定義づけている』(p17)とされています。アニメ消費者で言えば、ライトなファンでも、買うだけのオタクでも、語るだけで買わないオタクでもなく、買うし語れる、全体の約3.6%の真正ガチオタを対象とした数字ということになります。
 一方、矢野研の調査対象は上記の通り「自称オタク、またはオタクと呼ばれたことのある人」なので、調査対象の属性というか濃度に開きがあります。消費金額が違うのも当然です。


 というわけで、調べれば調べるほど、原田氏が論拠としている数字が、オタクを論じるには適当でない数字ということがどんどん分かってきます。本を売り「リア充オタク」という言葉を流行らせたいがための恣意的な数字と言われても仕方ないのではないでしょうか。
 一方、これだけであれば、原田氏は会社勤めのサラリーマンであって研究者ではないので数字で論じるのが得意ではないのも仕方ないし、博報堂ブランドデザイン若者研究所のリーダーと言ってもお遊びみたいなものなんだろう、ということで済むのですが、個人的にいかんなと思ったのは、原田氏が上述の著書で以下のように述べていることです。

 2004年に野村総合研究所が、アニメ分野におけるオタク一人あたりの年間消費額を10万円と算出しているのに対し、2013年度の矢野経済研究所の調査では、一人あたり約2万5000円と算出しているのです。調査機関が違っているので単純比較は危険ですが、それでも約10年間でオタクの支出額が4分の1になったtごいうのは、オタクのライト化を表しているといえないでしょうか(p6)。


 おいおい、自分で単純比較は危険って言ってるじゃん。ならば何故そんな危険な数字をTV番組で話したのか。実際あんた数字の読み方間違ってたじゃん。話題作り目的かよ。


 さらによろしくないことがもう一つあります。上記著書の第5章「現代オタク大座談会」の中でのインタビューです。7人のオタクのうち5人は原田氏の定義するリア充オタク(全員アニメ好きで、さらにマンガ、乙女ゲーム、同人誌、声優、ゲームなどのオタクでもある)で、彼らに「オタク活動に毎月いくらくらい使ってるか」と聞いているのですが、その結果が以下の通りです。

  • T恵:月に最低3万
  • S子:月2〜3万くらい
  • I郎:月2〜3万くらい、大きいイベントがあるときは1回で5万〜10万
  • P太:月に5000円以下、ただし先輩に金を借りている
  • N夫:アプリ課金で1万5000円、高校大学時代は多い時で月3万円くらい


 控えめに見積もって、T恵は毎月1万5千円、S子とI郎は2万5千円、P太は2500円、N夫も1万5千円と計算しても、5人の毎月平均消費額が1万6千500円、年間消費額が19万8千円になります。
 おいおい。原田氏が自分で定義した「リア充オタク」なのに、自分が出した年間2万5千円という数字とだいぶ違うじゃねーか。
 前述の通り、2万5千円というのはアニメだけの数字なので、単純比較はできないのですが、なら実態と8倍も差がある(というか8分の1しかない)この数字を論拠にした意味は何なのかという話になります。
 さらにその対談の中で、氏は彼らの消費額を聞いて『想像していたよりも「お金を使っていない」ように感じるね』(p231)とコメントしています。野村総研がガチオタを対象として出した数字の倍近い金額なのに、です。


 上記のことを踏まえて前後関係を考察するに、原田氏の印象として「今のリア充っぽいオタクはあまりお金を使っていない」がまず先にあって、その印象を論じ「リア充オタク」なる語を流行らせるために、矢野研や野村総研の過去現在の数字をあまり理解もせず恣意的に抽出して論じたのが、ZIP! の特集であり、上記の本である、と言えそうです。


 数字が苦手なのは仕方ないので許せますが、間違いだと分かっているのに印象ベースで本を出したりTVで話したりするのは、個人的に許せません。自分事ならいざ知らず、他人様について論じる時は特に慎重に調べ、正確に伝えるべきです。原田氏のやっていることは、オタクをダシにして本を売ったり流行語を作って流行語大賞をとったりしたかった、TV番組で出した数字は話題作りの煽り施策でした、ということに他ならないと思います。


 というわけで、タイトルの通りになりますが、例のリア充オタクやら年間消費額2万5千円やらの話は、博報堂社員の本の宣伝だった、ということでした。


 今回いろいろ調べてみて私が学んだことをまとめると、以下の通りです。


・「マイルドヤンキー」の言いだしっぺである博報堂の原田曜平氏は、アテにしてはいけない人物である。
・というか、博報堂、最近いろいろ大丈夫か。
・オタク分野の経済研究は、いろんなところがチャレンジしているけど実態は未だ掴めていない。もう2015年なのに。


 この経験、みなさんの参考にもなれば幸いです。

*1:なお、上記商品のカスタマーレビューにて、既にあにまさんという方が「鵜呑みにはできない」という素晴らしいレビューを挙げられています。「最も参考になったカスタマーレビュー」になっていますし、こちらの方がいい文章なので、そちらを読んでいただいてもいいと思います。私も以下の調査をする上で大変参考になりました。参考になりましたボタンは押しましたが、あにまさんにはここでもお礼を述べさせていただきます。