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アニメや特撮やゲームやフィギュアの他、いしじまえいわの日記など関する気ままなブログです。

夢見る者たちの楽園 ファンタジア「ムシデン(わかれ)」

 あとから聞いた話ですが、あのひとが町を訪れたのは、私と会う一週間も前だったそうです。旅人の気持ちは私にはよく分かりませんが、普段から一人で暮らし、孤独に慣れていても、時には人の住む場所が恋しくなるのでしょう。あのひとも人とのふれあいを求めて、この町へ足を運んだのだと思います。
 お店を見てまわったり、浴場に行ったり、どこからか聞こえてくる歌を聞いたりする。日が沈んでからは民宿に入って、夕食とお菓子を食べる。棚に並ぶ色あせた本を眺める。あとは布団にくるまって眠るだけ。その旅人は町に入ってからそんな事をしていたそうです。そしてそんな生活が一番のぜいたくだ、と言っていました。不思議なものですね。町に住む私には、それのどこがぜいたくなのかよく分かりません。今、私の話を読んでくださっているあなたにも分からないものと思います。たぶん、例えるなら、私達が冒険の旅に少しだけ感じる憧れ、それに似たものがあるではないでしょうか。
 そんな彼の生活は、町の英雄になることで一変しました。私はよく知りませんが、彼が英雄となるゆえん、それはたくさんの人から聞きました。
 私達の町はある国の領内にあって、中央から来た領主が行政をしています。市民による地方自治体などはないので、独裁政治がある程度可能なわけです。現にこれまで多少横暴な政治が行われていました。
 いや、独裁というのは言い過ぎかもしれません。けっして今の領主様が私達市民をいじめていたわけではありません。しかしどんなに有能な人であれ、一人でものごとを考え実行していてはかたよりが出来てしまう、ただそれだけです。人のいい領主様はそれを防ぐため、毎月きまった日に大きな公園に出向いては、市民の声を聞こうと「行政の集い」というものを開いていました。
 しかし臆病な一般市民が独裁ができるほどの権力者に意見をするのは勇気がいることです。だって、怒らせてしまったら吊るされることにだってなりかねないのですから。いくら不満があったとしても、本人を目の前にしてはなかなか正直に言いだせず、意見を曲げてしまい、言いたいことを伝えられない。そうなってしまうのです。
 そこで現れたのがその旅人です。彼は「行政の集い」に顔を出すと、その様子を見、挙手して領主様に言ったのだそうです。『市民達は、あなたと対等に話をするだけの地位が欲しいはずです。市民の議会をつくってみてはどうですか。そうすればもっと円滑にあなたと市民の会話がなされ、政治もより良くなるでしょう』と。
 珍しく率直な意見を聞いた領主様が彼の意見を取り入れ、試しに市民の議会を公認し、それを前に「行政の集い」を開いてみたのはつい先週のことです。結果は上々。集団になって勇気のついた市民たちは領主様に意見を提示し、領主様はそれについて共に考え、新しい政治を模索する。会合始まって以来の充実ぶりだったそうです。
 こうなったのも全てその旅人のおかげ。彼は町中の人からに熱くもてなされ、小さな町なりの盛大なパーティーが催されました。町中の若くてきれいな娘さんと町で一番おいしい料理が彼を囲み、市民の議会からは彼が住むための土地と屋敷が、領主様からは褒美が与えられました。
 私がもう少しかわいければその時に彼と知り合う事が出来たはずですが、私は英雄をもてなすにはふさわしくないので、その時は彼を間近で見ることはなく、パーティーの裏の調理場で料理を作る手伝いをしていました。
 それからの彼の生活は、昼間は老若男女すべての町の人達に讃えられ、夜になったら美女を何人も侍らせて眠る、というようなものだったそうです。やらしいことを言うようですが、私は正直なところ、その、たくさんの女の人にいっぺんに手をだすというか、つまりそんな人を英雄だというのは納得できなかったですし、それに、顔もよく見たことのない人の事を良く思うこともできませんでした。
 少し話は飛びますが、私の家は母と私と二人で小さな食堂をやっています。英雄を讃えるお祭りの何日目か、母はそのパーティーで料理を作るために店をあけ、そのため私は一人で留守番をすることになっていました。お祭騒ぎだからどうせ客なんて来ない、そう思っていたので、外の人達の声を聞き、せっかくのお祭りの日に遊びにいけない事を恨みながら調理室で雑誌を読んでいました。そこに玄関の扉が開く音がしたのです。雑誌を置いてそちらを見ると、店に入ってきたのは紺色の服に身を包んだ若い男の人でした。
 椅子に座ってその人はすぐに注文をしました。私も急いで料理に取りかかりました。できあがった料理をお盆にのせてその人のテーブルに置くと、その人はいただきますの言葉と同時にすごい勢いで食べ始めました。そして数分もしないうちに食べおわって、ごちそうさまと言ってお金を置き、すぐに出ていってしまいました。
 もうお気付きかもしれませんが、その紺色の青年があの英雄だったのです。
 次の日も彼はうちの店に来られました。その日も彼以外お客がいなかったので、その人に興味をもちはじめた私は、テーブルにお盆を置いて、お客さんはどこの方ですか、と訪ねました。彼は旅人のアースと名乗りました。その名前には聞き覚えがあったし旅人だというので、さすがに私も彼の正体に気がつきました。けど、ちょっと信じられないじゃないですか。彼を讃えるパーティーはその時も続いていたというのに。変な冗談を言う変な人。そう思った私はちゃかして、英雄様ですか? と聞きました。彼は慣れないマナーで私が作ったスープを飲みながら、そうなんだと答えました。
 食べおわって、彼はお茶を二つくださいと言いました。この日も他にお客は来そうになかったので、湯飲みにお茶を入れて出すと、私も彼の向かいに座りました。私がアースさんの顔をじっくり見ることになったのはその時が最初でした。服装からして旅人だというのは本当らしいのですが、それにしては優しそうな、年下の私が言うのは失礼かもしれませんが、少年のような顔つきでした。ぱっと開いた目は薄茶色、真っ直ぐな髪の毛は短くそろえてあって、ちっとも格好付けたふうではありません。
 そのアースさんと話をするのはとても楽しいことでした。身振り手振りを加えて話すあのひとの冒険談は驚かされることばかりで、私にはそれこそ夢のような物語でした。今となっては嘘か本当か分かりませんが、彼が三つ首のけものからお姫様をすくっただとか、仲間と一緒に宝物を発掘したとか、騎士と一騎討ちをして勝利したとか。
 興味深い話に酔ったのか、いつからか私からも話をしていました。最初は全く普通の日常的な話でしたが、彼はそんな話を私と同じように楽しそうに聞き入っていました。
 そのうち話題は私の父のことになっていました。私の父は、お父さんは、半年ほど前に隣町まで買いだしに行く途中で消息をたってしまいました。その町への山道は山賊が出ることで有名です。まわりの人達は何も言ってくれませんけど、たぶん……。今でもそれを思うと涙が浮かんできます。アースさんと話していたその時も、自分で話題をふっておきながら見ず知らずの人の前で泣くわけにはいかない、と一生懸命我慢しました。しかしどんなにがんばっても、胸の内からこみ上げて体を震わせる悲しみに勝つことはできませんでした。そんな私を見かねたのか、アースさんは立ち上がると、座ったままの私の背中を優しくたたいて、泣き止むまでなぐさめてくれました。
 その日から二日間、アースさんはうちに来られませんでした。そのたった二日間の私の気持ちが分かってもらえるでしょうか? 二人でいた楽しい時を思い出しては、あのひとはもう来てくれないんじゃないか、とか、もう会ってくれないんじゃないか、という不安に心を高鳴らせる。時間がたつにつれてどんどん気持ちが重くなってしまう。アースさんとの時間が私にとても充実していように感じられたのは、あのひとの話が面白かったからだけでなく、彼本人、私本人にも原因があったみたいです。
 今朝のことです。アースさんは二日ぶりに私の家に来ました。母は最初、英雄が来られた、と慌てていましたが、アースさんに定食を注文され、それを作っている間の私との会話を聞いて、あのひとが普通の青年だということを知り、その後からはごく自然にあのひとに接するようになりました。アースさんもその対応が嬉しかったらしく終始楽しそうにしていました。
 お母さんっていいね、とキッチンで料理を作っている母を見てアースさんはそう呟きました。つづけて、君もお母さんになって、家族と一緒に暮らせるんだね、と本当にうらやましそうに言うのです。それならアースさんもこの町に住んで、愛する人と結婚すればいいじゃないですか。私がそう言うと、あのひとは湯飲みのお茶を飲み干して言いました。
 旅人には旅人の、町に住む人には町に住む人の生活がある、逆のことをしようとすれば無理が出てくる。確かに、みんなと一緒に暮らしたり、奥さんと子供を持ったりする事にはあこがれるよ。死ぬときは老衰で、ベットの上で家族に囲まれて死にたいと思う。だけど、俺には町に住むことはできない様な気がするんだ。変なことを言ってると思うだろうけど、君にだって旅をして生きてゆくことはできないだろう? つまりそういう事さ。
 そういう事、なんて言われても、私にはぜんぜん分かりませんでした。
 食事を済ませ少し雑談をした後、アースさんは店を出る前に二つ付け足しました。
 一つは「旅をする人っていうは、人の温もりも孤独の必要性も知っている人なんだ。人は一人では生きられないとは言うけど、いつも人と一緒にいることはできない。一人になった時のために、自分を見つめ、強く生きていけるように鍛えていかなきゃいけない。周りに人がいるからって、よりかかって生きてたんじゃ、その人達がいなくなったとたんにすっ転ぶことになっちゃうからね」という事でした。
 そしてもう一つ、おいしいお茶と料理をありがとう、素敵な女性っていうのは、男においしいものを食べさせてくれる人のことだね。そう言ってあのひとは手をふったまま玄関の扉を閉じました。
 訳が分からない。そんな私の横で、ああいうのが男の人なのよ。アースさんは確かに英雄だわ、と母も笑っていました。母にはあのひとの言ったことが理解できているようでした。
 私も私なりに考えてみました。店番をしながら、夕ごはんを食べながら、歯を磨きながら。色々考えましたが、結局あのひとの言ったことはよく分かりませんでした。しかし、どうして私にあんな不思議な、不自然な話をしたのかは分かりました。今日の話は、あのひとのさよならのあいさつだったんだと思います。
 それに気付いて、あのひとを思う気持ちは一層強くなってしまったようです。だけど、もう会うことはないと分かってしまいました。だから遠い未来、また何かの縁で再びあのひとに会えることを信じて、今日は眠ります。
 おやすみなさい。アースさん。


 英雄をたたえる祭りに騒ぎ疲れた町を抜け出し、旅人は星も眠る真夜中の荒野を進んでいた。コートの上から胸を押さえて歩く彼は、彼自身も気付かぬうちに遠くの国の歌を口ずさんでいた。小雨の降りだした闇の中、その歌を聞く者はいなかった。



 とおい国へ今日旅立つ 旅立つおまえをのこし


 戻ってきたらまっさきに まっさきにおまえに会おう


 いつもいっしょにいられたら どんなにうれしかろう


 戻ってきたらまっさきに まっさきにおまえに会おう