LM314V21

アニメや特撮やゲームやフィギュアの他、いしじまえいわの日記など関する気ままなブログです。

夢見る者達の楽園 ファンタジア「近寄られると腹が立つ」

 昼の街並みは真冬であろうと賑やかなものだ。川を挟んだ二本の街道の両脇には大小様々な店が連なり、その前には食料品やアクセサリーが所狭しと並んでいる。道行く人を一人でも多くつかまえようと声を上げる若者の姿も珍しくない。
 橋の上を、若いアベックが通り、旅の大道芸が通り、物乞いが通り、腰に剣を携えた騎兵が馬に乗って通っていった。くたびれた様子で川面を見つめる彼女の黒髪に包まれた繊細な表情は、風が吹いてきたので妙な形に曲がって水面から消えていってしまった。首に巻いてあったベージュのマフラーを鼻の上まで持ち上げ、赤く染まった頬を温める。そしてマフラーの中で乾いてきた唇を動かして、誰にも聞こえない声で呟く。
「アース、遅すぎ」と。
 彼女は待ち合わせをしているようだ。しかし相手がなかなか来ないので、遂に腹が立ってきたのだった。無理もない。もう一時間近く約束の時間を過ぎているのだから。
 この街へ入る前、旅人のミーナは同じく旅人のアースと約束をした。お金が余っているので、いつもの苦労の労いの意味も込めて、次に町に着いた時に一日何でも言うことを聞いてやると彼が言ったのだ。素直にデートと言わないあたりがアースらしい。ミーナは喜んでその提案を受け入れた。
 そして町に着き、二、三日たって今日がその日である。二人は旅の間はいつも一緒なので、その分町にいる時はそれぞれ別の宿をとることにしている。そして二人は、確かに今日の昼の一時にこの橋の上で待ち合わせを約束した。コートの袖をまくって時計を見ると針は一時五十分を指している。彼女がここに着いたのが一時十五分だった。
 ミーナは自分の詰めが甘かったことを悔やんだ。旅の生活で時計を使うことのないアースに具体的な時間を言っても無意味だということを考慮に入れて「日が一番高いとき」とでも言っておけばよかったのだ。
 それにしても、である。時間が分からないのなら、まわりの人に聞けばいいだけのことだ。自分から提案しておいたことをすっぽかした上に、人をこれだけ待たせておいて、さらに何の連絡もしてこないというのは本当にひどい話である。
 そんな事を考える彼女だが、今のまま橋の上で待つには、今日は寒すぎる。彼女は寒いのには慣れているほうだが、コートの前を合わせ、マフラーと手袋をしていてもまだ冷える。彼が来たときに風邪でもひいていたら冗談にもならない。
 周りを見回すと、あるコーヒーショップが目についた。橋すぐ近くにあるそれはいたって普通の喫茶店兼コーヒー豆屋である。通りの角に建っていてあまり大きくはなく、決して流行りではなさそうだが、ミーナは見ただけでその店が気にいった。橋が見渡せそうな席があるし、体も冷えている。それに普通の店であって、よく彼に連れられていくガラの悪い酒場ではない。たまに町に来ているのだから、普通の店に入ってみたい。彼女はその店に駆けていった。
 入ると、すぐに暖かい空気と扉にすえつけられたベルの音がミーナを優しく迎えてくれた。店内は建物自体が木製のため茶色一色で地味だったが、彼女のセンスと一致したのかミーナはますますこの店が気にいった。それなりに繁盛しているらしく、客も何人か見える。橋が見える窓際のテーブルは空いていたので、ミーナは防寒具をとって上着を脱ぎ、窓の近くの椅子に座った。曇ったガラスを手で拭くと、ちゃんと橋が見える。これでいつ彼が来ても大丈夫だ。
 カフェ・オレを注文し一人になると、テーブルに肘をついて窓の外の眺めを楽しんだ。窓の外をただぼーっ、と眺める。これが彼女にとって有意義な時間だ。汗まみれになって歩き、怪物から逃げ回り、町から町へと旅をするという日常から離れ、たまにこうしているだけで、こんな一見普通の時間の大切さが分かるというものだ。……勿論、二人ならばなおさらだろうが。視界を店内に戻すと、大体が若い二人組で、それ以外は大人数で騒いでいる。どこも楽しそうに雑談している様子で、一人なのはミーナだけのようだ。それはそうだろう。こんな寒い日に一人で喫茶店にいるような人は、そうそういない。
 一人でいることをごまかすかのように外を見ながら、運ばれてきたカフェ・オレを飲んでいると、隣のテーブルの話し声が気になるようになってきた。自分が静かな事もさることながら、やけに騒々しいのだ。意識してそちらを見てみると、五人の男女が雑談をかわしているのが見えた。そこで彼女は笑いをこらえざるをえなかった。人を盗み見しておいて失礼だが、その格好が常識離れしていておかしいのだ。
 まず、頭髪は赤だの青だの緑だので色とりどりである。男達は何だか訳の分からない鎧をあまり意味のない箇所につけ、剣の一撃にも耐えられそうにない。女達はというと、これもまたこれだけ寒いというのに、水着のような露出度の高い服をこれみよがしに着ていて理解不能である。肌の上に直接金属製の鎧をつけていて、今にも金属アレルギーでかぶれてきそうだ。そして彼ら全員バンダナをしめてマントをはおっている。独自のファッションセンスによるものと思われるが、これだけの人数がそろってきまっていると笑いもする。そして何故か全員が全員美形なのだ。謎の多い連中である。
 ミーナは発見した。彼らは自分たちが物語のなかの英雄か何かだと勘違いしているらしい。何故なら意味もなく武器を携帯しているからだ。兵士などかもしれなが、こんな兵士は誰も雇いはしないだろう。この武器というのもまた奇妙なまでに大きく派手な物ばかりで実戦では使いにくそうなのだが、それはそれとしてミーナは彼らのことが心配になってきた。彼らは弱い。多分実際に戦うことを知らないのだ。猛者なら勿論、駆け出しの戦士でもこんな格好をするはずがない。こんな人達が例えば町の外にでも出ようものならば、大変な事になるだろう。怪物や獣、はたまた山賊か何かに襲われて、一人や二人は命を落とすに違いない。おせっかいになるだろうが、何か一言忠告すべきだ、と思った。
 そう思っているうちに偶然五人のうちの一人と目が合った。真っ赤な、どう考えても着色しているとしか思えない髪の男だ。その男はとたんに仲間に向かって、
「六人目のパーティーメンバーが決まった」
 と言った。パーティーとは、旅を共にするグループという意味だが、何故彼が突然そんな事を言いだしたのかは分からない。彼はなれなれしくも向かいの席に腰掛けた。他の仲間達も椅子を引っ張ってきてミーナを取り囲む。こんなサーカス団みたいなのにかこまれて迷惑千万ではある。
「俺はブラクニーゼ。君は?」
「それはいいんですけど、あなたたちは……」
「見れば分かるだろう。冒険者さ」
 赤い男ブラクニーゼが誇らしげに言って、不安が現実のものとなった。この見せ物集団は、自分達を名のある冒険者だと思い込んでしまっている。人はここまで馬鹿になれるのか。そんな彼女の考えをよそに、ブラクニーゼとその仲間達は続ける。
「俺たちと一緒に宝探しに行かないか。金銀財宝が山みたいに手に入るぜ」
「よしなさいよ、ブラ。こんな普通の子を連れていったって、足手まといになるだけよ。私みたいにモンスターをやっつけられる魔法でも使えれば話は別だけど」
「六人パーティーを組むにはもう一人必要なんだ。それがいなきゃ、戦うときに不利だろう。この際、どうだっていいんだって。まあそれと、ブラという呼び名はやめないか。倫理的にちょっとまずいだろそれは」
「ああ、そうだ。六人パーティーは冒険の基本だからな」
「じゃあ、戦闘フォーメーションはどうする。3・3・6に変えるか」
「聞いているのか、リーダーの提案を……?」
 勝手に話が進んでいるらしい。周りで人が騒ぐことを嫌うミーナとしては、さっさと忠告だけして、この人たちには家にでも帰ってほしいところである。
 しばらくしてブラクニーゼ達の話は一つにまとまった。
「よおし、君の戦闘での役割は、我々の後ろで待機して、怪我した人の手当てをしながら戦いが終わるまでじっと待つということに決定した。ところで、君の名前は?」
ミーナは、もう彼らと話をしたくなくなった。
「人を待っているんです。すみませんけど、一人にしてくれませんか」
 どうやら少しでも人の心配をしたのが間違いだったようだ。今日は人に騙されっぱなしである。彼らはまだ自分について騒いでいるようだが、もう無視をする事に決めた。カップに残った最後の一口を飲みおえて窓の外を見ると、青い服の人影が見える。もう一度窓を拭いてよく見れば、間違いない、アースである。ミーナは料金とチップをテーブルに置いてすばやくコートを着込み、騒いでいる五人を置いたまま店を出た。手袋とマフラーを着けて橋のほうへ歩くと、彼はすぐに近寄ってくるミーナに気付いた。すると彼はすまないといった表情で少し笑いながら言った。
「寒いね。待った?」
「今何時か分かってんの? ハイパー待ったわよ!」
「ハイパーか、そりゃ面白い。はは。あはははは」
「ばか。笑わせようと思って言った訳じゃないの」
「じゃあそれはいいとして……どこに行く?」
「服買いにいこう、服。アースもたまにはいいの着なよ。私が選んであげるから」
 ミーナは約束の時間にかなり遅れてきたアースを許すことにした。間接的には彼のせいで謎の集団の相手をさせられたりしたのだが、腹を立てた状態から少しましになったので機嫌がよくなったのだ。
「ミーナ。あれ、友達か」
 そう言われ振り返ると、例の集団がコーヒーショップを出て、誰か、何かを探しているところだった。
「まさか。冗談やめてよね。さ、はやく行こう」
 ミーナはこれ以上彼らと関わりを持ちたくない。アースを連れて、町の中心へと歩きだした。彼もそれを察してか、少し速いスピードで自分の前を進むミーナについていく。小十分ほどお目当ての店へ向かって町を歩いて、二人は少し目を合わせ、もういいだろうと後ろを見た。
 しかし、である。
 人ごみの中、二人の十数メートル後ろの人の頭の上で、赤青黄色が揺れている。
 ところで、アースは勘のいい旅人である。その動きからして、彼はあのような目立つばかりの彼らがこちらを尾行しているつもりらしい事を知った。
「ミーナ。先にいって待ってな。俺もすぐにそこへ行くから」
 アースは彼女の肩を軽くたたくと、街道の細い路地へと走った。ミーナも人の迷惑にならない脇道へ入り、深呼吸して両手首に意識を注ぐ。するとそこから銀色の光が溢れだし、瞬く間に一本の白銀の光でできた魔法のほうきを生み出した。ほうきの先から輝く魔法の光の粉をまき散らしながら軽くジャンプすると、その体は建物と建物の間から銀の軌跡を残して空高く飛んでいった。

「あっ、見てよアース。これなんかどう。ちょっとおとなしめだけど、この襟が可愛くない? 二階にあったチェックのスカーフとあのネックレスにもよくあうし。……うーん、でもこのジッフィーミキーのセーターも悪くないんだよね。肌触りいい感じだし。よし、両方買おう。あ、ほらアースに似合いそうなのがあるよ。これ。レザーのジャケット。アース小柄だから大きいのだったら今着てる服の上から着られるよ。女物だけど」
「お前、値段見てないだろう」
 こうして楽しんでいられたのもつかの間、アースはさっきの集団が突然店に入ってきたのを知った。ハンガーにかけられた服の向こうで、店員が客と言い合いをしているのが聞こえる。サーカス団の様なものが入ってきて困っている店員に「俺たちは、とある謎の女を追ってここに来た。一大事なんだ。協力してくれたまえ」などと言っている。放っておけばそのうちこの場で綱渡りか火の輪くぐりかでも始めそうな雰囲気だった。
 ここには服がたくさんあるので、彼らが火の輪くぐりをしたら大火事になるかもしれな
い、とアースは想像した。
「ミーナ。買いたいものは全部決まったか」
「なに?」
「あの派手な奴ら、もうここが分かったらしい。今、店の人に迷惑かけてるところだ。さっさと買い物すませて、ここを出よう」
「えっ、まだ見てないものたくさんあるのに……」
「他人に迷惑かけておいて遊ぶわけにはいかないだろ」
「わかった……」
 二人は買い物を手早くすませ、服屋と彼らを後にした。

 彼らをまくため三十分ほど歩いた後、アースの提案により豪華な造りの芝居小屋に入った。席に着き、パンフレットに目を通す二人。
「アース、ここ、面白いの?」
「ああ。いつだったか知り合いに教えてもらっててね。保証付きさ。実はこれが見たくてこの町にきたんだ。今日これから始まるのが特にいいんだって」
「……残念だけど、その面白いのは楽しんでいられないみたいよ」
 アースも、何となく後ろのほうが騒がしいことには気付いていた。彼女はずっと前からそれを嫌がっていたのだろう。機嫌が悪いのも、きっとそのためだ。注意して後ろのざわめきを聞いてみると、聞き覚えのある声が耳に入る。
「おお、もうすぐに始まるな。確かこれは、強くてかわいくて目のでかい魔女っ子が無敵だがアホのビームサーベル持った戦士とともに悪の大魔王を倒す、という話だったな。感心できる。ほら、あの主人公の名前、なんていったっけ、イナ・リンバースか?」
「それ以上言うのやめときな。ひっかかるぜ。中にCが入った丸によ」
 そんなノイズに苛立ってミーナは席を立ち、コートなどの荷物をまとめだした。
「行こう、アース。どうせ静かに見れはしないよ」
「せっかく町にきたっていうのに……ごめんな」
「謝らなくていいの。悪いのは、人を不快にさせてる人達なんだから」
 二人は荷物をまとめると、そそくさと芝居小屋を出ていった。

 しばらく町を歩いた後、二人は美術館に入った。館内はとても静かで、人もあまり多くはない。二人は壁に掛けられた絵画を満喫することとなった。
「綺麗ね」
 彼女はそう言ったきりで、壁に掛けられた冬の雑木林に見入って動こうとしない。アースは絵は気にも止めず、その絵を見つめる横顔をぼんやりと眺めている。
 ミーナは年齢のわりに顔が大人びている。可愛らしいというよりは、美しいといった感じで、その上普段は性格まできつい。しかしこうして熱心に一つのことに集中している表情にはあどけなさがあり、どことは言わず、その存在自体が愛らしく感じられてしまう。
「ミーナ」
 アースは彼女の開いた手を取った。いや、それよりはつかんだという感じである。そのつかんだ手を引っ張って、絵を少しも見ようとせずにどんどん歩く。そして言った。
「足音が聞こえたんだ。あんな金属音でごつごつ歩く奴らはそうざらにいない」
「もう出るの?」
「あんなしつこいだけの連中と顔を合わすのはもうごめんだ。そうだろう」
 二人は振り返りもしないまま、そこを出た。予想どおり、ブラクニーゼらはそこで騒ぐだけ騒いだ後、一芸を披露して去ったそうだ。美術館では静かにすべきである。

「さあ、ミーナ。何でも食え。許可する」
「よっし、じゃあ、これと、これと、これと、これと……」
 もう日が落ちていることに気付いたので、腹を満たそうと、目についた和食レストランに入った。すぐにメニュー片手に美味しそうな料理を次々と列挙していくミーナ。歩き回って腹の減っているアースは、すでに好物の天ざるそば二人前に決めている。
「早く決めて、早く食べろよ。いつあの連中がくるか分からないからな」
「これと、これと、これ。決定。ウェイター、オーダープリーズ」
 そう言うと同時に店のドアが開いて新しい客が入ってきた。五人である。アースの予測は早くも的中した。彼らは店員に「肘を打った時の痛みがどうしても許せません」「お母さんは病気ですか?」などと口々に言って店員を困らせている。ウェイターは慌ててそちらへ行ってしまった。とっさに身を隠す二人。
「どうする、ミーナ。あいつら確実にこっちにくるぞ」
「全く、どうやってあとをついてきてるのよ。変態じゃないの!?」
「きっとそうだろうよ」
 結局二人はオーダーを言わないままレストランを出た。

 もう日は落ちて、辺りはすっかり闇の中である。建物の窓から溢れた灯火が道と人とを照らしだそうとするものの、歩道も建物も藍色一色に染められて、寒さも一段と増してきた。家路につこうと急ぐ人の流れの中、アースとミーナの二人は次の目的地を探して歩いていたのだが、いきなりアースが道の真ん中で突然立ち止まって俯いた。その顔を覗き込むと、眉間を右手の親指と人指し指とでつまんで、左手で人の行き交う路上の一点を指している。そちらには、予想どおりではないか、流れゆく人と人との間に、例の連中が、寒そうな、又は重そうな格好で立っている。どうやら回り込まれたらしい。リーダー格の赤い髪のブラクニーゼは、軽薄そうな笑いを浮かべながら、二人に歩み寄った。
「やあ。奇遇だね。こうして会えるとは、何か縁でもあるのかもしれない」
「ずっとつけてたじゃないですか」
 ミーナは即答した。それに少しひるんだらしいが、ブラクニーゼは続ける。
「む……その洞察力、それに昼間のあの空飛ぶ魔法。そして行動力。君はまさしく冒険者にふさわしい。くどいようだが、我々と共に冒険の旅へ出ないか」
「くどいです。私達は汗くさい冒険の旅より、休日のデートのほうが楽しいんです。放っておいてください。アース、行こう」
 一方的にそう言い放ち、ミーナはアースの手を取って背を向けすぐに歩きだした。ブラクニーゼは慌てて追いかけ、彼女の肩をつかむ。しかし、その軽率な行動が失敗だった。彼女は一瞬びくっと震えると、振り返ってその手を叩き落とした。無茶苦茶痛い。彼女は人に触られる事をこの上なく嫌う性格である。勿論、嫌いな人ならなおさらである。手を押さえて痛みをこらえている涙目のブラクニーゼに彼女は堂々と言い渡した。
「気安く人に触れないでくれますか。それについでに言っておきますけど、冒険なんてうわついた事言う前に、ちょっとは常識っていうことを勉強したらどうです。人があまりない貴重な時間を有効に使って楽しもうとしている時に、貴方たちは何をしていました。その恥ずかしいあほ面さげて、人のあとばかりつけて。犯罪ですよ。いや、悪いことをしているという自覚があるだけ犯罪者のほうがましです。自覚持ってますか。言葉の意味、分かりますか。貴方たちいくつ? 分からなければとっとと学校に行って先生に教えてもらって下さい。もし分かってたなら貴方達は一人前の犯罪者です。それこそとっとと刑務所にでも行くなり、教会に行って懺悔するくらいの事はしてほしいところなんですけど。どちらにしろ、早く私の視界から消えてほしいんです。貴方達のおかげで、今日一日が台無しです。したことといえば、さんざん歩いたことだけ。時間というかけがえのないものを人から奪っておいて、どうして正気でいられるのか分かりません。それとも元々正気でないんですか。そうかもしれませんね。だいたい貴方、男なら、否、男でなくても……」
「おい、そのくらいにしておけよ」
 彼女の怒りの説教もこれからというところで、アースがだるそうな声で話を割った。止められて気付いたが、そうこうしている間にまわりに人だかりができてしまっている。仕方ないだろう。訳の分からない派手な連中が一人の女に路上で説教されるところなど、滅多に見れはしない。
「とにかく、人の迷惑になるようなことはしないでください」
 冷静さを取り戻し、そういってミーナは身をひるがえした。さすがのブラクニーゼも、もう何も言おうとはしない。痛みの残った手を押さえるだけだ。人だかりを分けて、消えてゆく二人。その背中に彼は思わず叫んだ。
「もし俺が、君が好きだという理由で君を見ていたなら、それでも君は同じように俺を突き放すように逃げ回ったか」
 その言葉に、ミーナは立ち止まって、しかし振り返りはせずに答えた。
「もし貴方が私のことが好きなら、どうして嫌がらせをするのでしょう。好きな相手の幸せを、どうして阻むのでしょう。人を愛するということは、その人に幸せになってもらいたいと思うことでしょう。あり得ないことですよ。そんなことは。貴方は私を好きになどならなかった。つまりそういうことです。それではさよなら」
 二人の姿は、暗い夜のひとごみの中に完全に消えて無くなった。
 最後にさよなら、と別れのあいさつをしたのは、ミーナなりの慰め方だった。しかしそのあわれみの気持ちが彼に上手く伝わったかどうかは不明である。彼の気持ちが、いくら苦労を重ねても彼女に上手く伝わらなかったのと同じように。

 あの後二人はすぐに町を離れ、次の町に着いたらもう一回遊ぶという約束をして二人は旅を再開した。曇り空の下、しゃべりながら荷物を背に地平線へと向かって歩いていく。話題はもちろん、一連の事件である。
「何にせよ、かわいそうな奴さ。人との付き合い方ってのを知らないんだから。だから友達もろくなのが集まらないし、失恋もする。本人が気付かない理由でな」
「ちゃんとまともに立ち直ってくれればいいんだけど」
「そうだな。世の中には、あいつと同じようなのがたくさんいるけど、好きな人からそこが嫌だ、って言ってもらえる事なんて滅多にない。せめてまともになってほしいよ」
 彼がそう言って終わると、何故かミーナの顔がきりっと、ブラクニーゼに説教をした時のものになった。この子は何で怒ってるんだ、俺は何か気にさわることでも言ったか?
アースはあの時の彼女の剣幕を思い出し、彼女が騒ぎだすのが怖くなってきた。
「アース」
けわしい表情のまま、あたりを見回す。そして告げた。
「誰かにつけられてる様な気がしない?」
 言われて気付いたことに、二人しかいないはずの荒野に、確かに何かの気配が感じられる。しかし何なのかは分からない。いや、アースとミーナには見当がついていた。二人は顔を見合わせ、ゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには……