LM314V21

アニメや特撮やゲームやフィギュアの他、いしじまえいわの日記など関する気ままなブログです。

夢見る者達の楽園 ファンタジア「Just a friend」

 どんなに強く輝く太陽も、時が経てば夜がきて必ず沈む。それは道理である。
 サハファ・キングダムの首都ゾワードにも、そこから八日程歩いた所にある旅人達の酒場「砂漠の娘」亭にも、平等に夜はくる。
 このよく晴れた夜空の晩は、何故か「砂漠の娘」に人が集まっていた。バルドギアの若き大将軍、ビートガイン・フルオー等の有名人の行きつけの店であるだけに、この「砂漠の娘」は名の知れた店である。しかし街から離れた山奥にあるため、普段は住み着いている店員と宿無しの旅人以外はほとんど人がいない。しかし今日は珍しく、どのテーブルにも人がいる状態である。
 ランプの光が喧騒に揺られる中、フルオーはそこに見慣れないものを見つけ、自分の目を疑った。この店には店員のおばさん達以外、女はほとんどいない筈である。ここが冒険者の酒場であって、女子供の来る所ではないからだ。しかし今日は客が多いためか、見た目二十代中頃の若く美しい女性が隣のテーブルに座っているではないか。何故そのような人がここにいるのかは謎であるが、そんな事はフルオーは気にしない。全ての女性はお友達というのが彼のモットーで、女でさえあれば美人も不美人もおかまいなしである。フルオーはすぐに行動を開始した。彼女のテーブルの下から椅子を引っ張りだし、それにどんと腰掛ける。
「おばさん、このテーブルに大ジョッキ二つたのむ」
そうカウンターに言って彼女の顔を覗き込む。彼女は迷惑そうにする様子もなく、ただ皿の上の唐揚げをつまんでいる。
 ここからが俺の腕の見せ所だ。一撃必中、必ず落とす。フルオーは心を決めると、それ専用の顔と声と態度とで彼女に話しかけた。
「ハロー、今晩はおごらせてもらうよ。楽しくやろうぜ」
「アースのこと、知りませんか」
 付き合いの悪い女である。普通、こんな返事をするだろうか。少なくとも、フルオーはこのような態度をとられたのは初めてであり、それに少し腹を立てた。
 きっとこの女は、よってくる虫の払い方をよく知っているのだろう。だからこそこの男ばかりのバーで一人でいられるのだ。
 それによく考えれば、フルオーはこの女に見覚えがある。確か、旅人知り合いのアースが連れていた、ミーナという女だ。全ての女性がお友達という割には、彼は何に関しても物覚えが悪い。ずっと前に一度紹介されただけなので記憶から遠のいていたが、相手は自分の事を覚えていたのだろう。
 人のものには手を出さない主義であるフルオーは、一気に彼女に対して興ざめしたという感じで、わざとらしい作り笑いをやめ、返事を返す。
「アースなら、もう上にあがったぜ。今日は早く寝たいんじゃないか」
「いつもはこんなに早く寝たりしないのに」
 彼女はフルオーの言葉を疑っているのかもしれないが、嘘ではない。そのアースはここ何日か、ずっとこのバーの二階にある宿に寝泊まりしている。それ自体、旅人である身の彼らしからぬ事なのだが、フルオーはその理由らしきものを知っている。
「そういえばアースのやつ、好きだった〓何とか〓っていう歌うたいの集団が解散するってわめいてたな。もしかして、その日が近いんじゃないのか」
「そんなことで寝込んでるんですか」
ミーナは心底呆れた様子だ。鳥の唐揚げを口に運んでいた手を止めるくらいである。
 全く、フルオーもアースという男の考えている事はよく分からない。確かに、旅人にとって歌はつまらない道中を楽しくするための大切なものだが、彼女の言うとおり、寝込むほどのことでもないだろう。
 考え事のフルオーの向かい、ミーナはほんの少しだけ何かを考える時間をとった後、彼女はおもむろに自分の手首をもう片方の手でゆっくり擦りはじめる。どうやら彼女は、魔法を使おうとしているらしい。
 何度かそうすると、そこから煙のような銀色の光が溢れ、それは一本のギターを生み出した。指で光の弦を弾くと、輝きを広げながら、りんとした音を響かせる。少し音を調べた後、彼女はそれに合わせて透き通った優しい声で歌いだした。
 騒がしい客達も、次第に柔らかく光を放つ彼女の姿とその歌声に気を引かれ、耳を澄ますようになってきたので、フルオーも運ばれてきた二つのジョッキの一つからビールを喉に注ぎ、同じくじっくり聞くことにした。


 歌が終わった途端、「砂漠の娘」は拍手喝采となった。店員のおばさん達や旅の吟遊詩人、見知らぬ魔法使いの老人が手をたたき、まわりの飲んだくれの旅人達も、大きな笑みで大声を上げている。
 彼女は静かに会釈をし、それらに応えた。そしてそのまま魔法のギターをかきならして今歌いおえた曲のフレーズを演奏しつづけている。
 歓声とおひねりの飛び交うなか、空けたジョッキをテーブルに置き、二つ目に手を伸ばしながらフルオーは思った。さっきの歌がよいものだと言いたいのは分かった。が、どうしてアースがそれで寝込むのだろう。寝込むほどいい歌だっただろうか。結局、フルオーには全く訳が分からない。アースのことも、目の前のこの女のことも。


 彼女の歌は、二階の個室に閉じこもっているであろうアースに届いただろうか。布団を頭からかぶって寝てしまっているようなことがなければ、彼は元気を取り戻して、すぐに一階の酒場に降りてくるかもしれない。